一人暮らしの父への思い

地方で一人暮らしをしている高齢の父への思いとは

父の略歴

父は今年で95歳となる。大正14年まれで戦前・戦中・戦後と荒れた日本の中で生きぬいてきた一人である。戦中では、日本兵の一員として出兵し終戦を韓国で向かえた。

命からがら日本へ帰国し、家業の農業を営んだ。作物は水稲・養蚕が主で林業の炭焼き業も併せて行い生計を立てていた。帰国後まもなく母と結婚し、私たち4人の兄弟を育て上げた。

農業については、戦後の急激な人口増加に伴う食糧難等もあり収入はまあまああったと思われる。長男を学費が多くかかる私立大学まで就学させたことからある程度の収入はあったと思われる。

しかし、昭和30年~40年代当時の農業は今と違い機械化が進んでおらず父・母は毎日朝早くから夜遅くまで働く毎日であった。父は、夜食事を摂るとすぐ床に就く日課であった。子供ながらに父が疲れている様子を感じていた。

その後、農業の機械化も進み、我が家も少しづつではあるが農業機械の購入も進んだ。そして農作業も少しづつ楽になって、規模拡大が可能となり、我が家でも水稲の作付面積を拡大していった。80aの水稲栽培を150aに拡大した。

結局、農業機械の導入により農作業が楽になるかと思ったのもしばらくで、規模拡大により毎日毎日重労働の日々が続いた。ただ、そんな父・母の働きがあって、私たち4人の子供は今があると感謝の思いでいっぱいである。

特に長男は当時後継ぎとして農業高校に入学したものの、長男の希望で私立の大学に入学し警察官となった。当然父の時代で農業も終わりとなった。父の農業継承に対する思いが途絶えてしまい申し訳ない気持ちにもなる。

今は、農地も近隣の農家に貸付して管理してもらっている。一人暮らしの父もヘルパーやディサービスなどを利用して何とか生活している状況である。

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